「自分で選ぶ」ことをやめた瞬間、人はストレスをためはじめる
アサーティブコミュニケーションの根っこにある考え方の一つが、
**「自分で選ぶ」**という姿勢です。
言うか、言わないか。
続けるか、やめるか。
近づくか、離れるか。
どちらが正しいかではなく、
自分が選んでいるかどうかが大切だと、
アサーティブでは考えます。
先日、電車でこんなことがありました。
隣に座った人が、正直かなり不快だったのです。
距離が近い。
落ち着きがない。
できれば席を移動したい。
頭では「立てばいい」と分かっているのに、なぜかすぐに動けない。
この経験、思い当たる人も多いのではないでしょうか。
理由は単純です。
立った瞬間に、
「自分が相手を拒絶した人になる」
そんな感覚が生まれるからです。
座っている間は、ただ耐えているだけ。
でも立つと、
「自分が判断した」
「自分が選んだ」
主体が一気に自分に戻ってきます。
日本では特に、
・空気を乱さない
・我慢する
・波風を立てない
ことが美徳とされてきました。
その結果、脳が無意識に、
「理由なく離れる=失礼」
と誤解してしまうのです。
でも、事実はどうでしょうか。
あなたが席を立った理由を、
隣の人が深く考えることはほとんどありません。
多くの場合、数秒で忘れています。
立つことは拒絶ではありません。
攻撃でもありません。
ただの自己調整です。
アサーティブでは、
「自分には不快から距離を取る権利がある」
と考えます。
この権利をちゃんと使えている人は、
無理に我慢を重ねません。
だから、ストレスを溜めにくいのです。
逆に、
「本当は嫌だけど、立たない」
この選択を無意識に繰り返すと、
ストレスは少しずつ体に溜まっていきます。
アサーティブが大切なのは、
感情を押し通すためではありません。
事実を、事実のまま理解するためです。
- 立った=拒絶した
- 離れた=失礼
これは事実ではなく、思い込みです。
事実はただ一つ。
「自分が不快だったので、場所を変えただけ」
この区別ができるようになると、
人は必要以上に自分を責めなくなります。
自分で選び、
自分の権利を使い、
事実を事実として受け取る。
それが、
アサーティブが私たちを楽にしてくれる理由です。

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